2014/05/12
18:59:09
暴れ牛
十牛図とは禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした
十枚の絵で表したものです。
1.尋牛(じんぎゅう) -
牛を捜そうと志すこと。
2.見跡(けんせき) -
牛の足跡を見出すこと。
3.見牛(けんぎゅう) -
牛の姿をかいまみること。
4.得牛(とくぎゅう) -
力づくで牛をつかまえること。
5.牧牛(ぼくぎゅう) -
牛をてなづけること。
6.騎牛帰家(きぎゅうきか) -
牛の背に乗り家へむかうこと。
7.忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) -
家にもどり牛のことも忘れること。
8.人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) -
すべてが忘れさられ、無に帰一すること。
9.返本還源(へんぽんげんげん) -
原初の自然の美しさがあらわれてくること。
10.入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ...
だいたいこんな解釈だと思います。
この牛とは心を表し
人は人の言動ばかり気にかけて自分の心を見ていない状態から
自分の心に意識を向け出し
心と言う暴れ牛を手なずけて行くことが悟りの道です。
まあ、手懐け方も様々あり方法は別れるわけですが
手懐けると言う目的においては同じです。
方法において方法を放棄すると言う方法も
教えられるのですが、
それすら心の制御のためです。
世界の一切の宗教も教えも
目的において同じものなのです。
方法で対立する必要は無いのです。
これを霊主体徒と言っても良く
人が心の乗り手に成ること
心が勝手にさ迷い動く間は心が主、人は徒です。
ここで問題なのは
乗られているのか、乗っているのか、
人には分からないと言うこと。
心が表す思いを自分の思いと思うから
乗っているように見える。
私が考えた私が思っただから
乗っているように見える。
だから暴れ牛を手懐けることが難しい。
このコツは、
牛が走りだそうとしたら、走らせはならない。
走り出す原因に気づくことです。
だいたい牛が走り出そうとするのは
牛自身に問題があるのです。
それに気付いて行くことで牛は段々大人しくなり
牛が完全に大人しくなり
貴方の指示なしには微動だにしなくなると
牛とは心だから心は不動になり
牛が消え去ってしまう。
牛とは心の暴れたものだったからです。
牛が消えると世界も消え去って無に帰一す。
世界とは心が生み出していたものだからです。
世界が無に帰一して
人の心は始めて純粋になり
本来の私に帰る。
私が消え去って残るものが本来のわたしです。
こうして世界で童子として
遊ぶことができるようになるのです。
心がさ迷う時に牛と言う形態を現し牛と言う携帯
そのものが私と言うものです。
決して牛「心」を動かさずに動くことを覚える。
牛「心」が動かずに動けたら完成です。
常に中心に定まりながら
決して動くこと無く動くことを身に付けるのです。
心を使わずに動くのです。
十牛図解釈でした。
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十牛図とは禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした
十枚の絵で表したものです。
1.尋牛(じんぎゅう) -
牛を捜そうと志すこと。
2.見跡(けんせき) -
牛の足跡を見出すこと。
3.見牛(けんぎゅう) -
牛の姿をかいまみること。
4.得牛(とくぎゅう) -
力づくで牛をつかまえること。
5.牧牛(ぼくぎゅう) -
牛をてなづけること。
6.騎牛帰家(きぎゅうきか) -
牛の背に乗り家へむかうこと。
7.忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) -
家にもどり牛のことも忘れること。
8.人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) -
すべてが忘れさられ、無に帰一すること。
9.返本還源(へんぽんげんげん) -
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10.入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ...
だいたいこんな解釈だと思います。
この牛とは心を表し
人は人の言動ばかり気にかけて自分の心を見ていない状態から
自分の心に意識を向け出し
心と言う暴れ牛を手なずけて行くことが悟りの道です。
まあ、手懐け方も様々あり方法は別れるわけですが
手懐けると言う目的においては同じです。
方法において方法を放棄すると言う方法も
教えられるのですが、
それすら心の制御のためです。
世界の一切の宗教も教えも
目的において同じものなのです。
方法で対立する必要は無いのです。
これを霊主体徒と言っても良く
人が心の乗り手に成ること
心が勝手にさ迷い動く間は心が主、人は徒です。
ここで問題なのは
乗られているのか、乗っているのか、
人には分からないと言うこと。
心が表す思いを自分の思いと思うから
乗っているように見える。
私が考えた私が思っただから
乗っているように見える。
だから暴れ牛を手懐けることが難しい。
このコツは、
牛が走りだそうとしたら、走らせはならない。
走り出す原因に気づくことです。
だいたい牛が走り出そうとするのは
牛自身に問題があるのです。
それに気付いて行くことで牛は段々大人しくなり
牛が完全に大人しくなり
貴方の指示なしには微動だにしなくなると
牛とは心だから心は不動になり
牛が消え去ってしまう。
牛とは心の暴れたものだったからです。
牛が消えると世界も消え去って無に帰一す。
世界とは心が生み出していたものだからです。
世界が無に帰一して
人の心は始めて純粋になり
本来の私に帰る。
私が消え去って残るものが本来のわたしです。
こうして世界で童子として
遊ぶことができるようになるのです。
心がさ迷う時に牛と言う形態を現し牛と言う携帯
そのものが私と言うものです。
決して牛「心」を動かさずに動くことを覚える。
牛「心」が動かずに動けたら完成です。
常に中心に定まりながら
決して動くこと無く動くことを身に付けるのです。
心を使わずに動くのです。
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