2015/03/24
06:43:26
兄弟の皆さん今日。
今日は神示から随神です。
「教はなくなるぞ、元の道が光り輝くぞ、
これを惟神(かんながら)の道と申 すぞ。」
「惟神(かんながら)の道 とか神道とか
日本の道とか今の臣民申してゐるが、
それが一等の間違ひざぞと申してあろが、
惟神(かんながら)とは神人共に融け合った
姿ざぞ。今の臣民 神無くして居るではないか、
それ で惟神も神道もないぞ、
心大きく、深く、広く持ちて下されよ、
愈々となるまでは落しておくから見 当とれんから、
よくこの神示読んでおいて下されよ。」
「神かかってゐないと見える神カカリが
誠の神カカリと申してあろが。
そこらに御座る神憑り は五段目六段目の神憑りぞ。
神カカリとは惟神(かむながら)の事ぞ、
これが神国の真事(まこ と)の臣民の姿ぞ。
惟神の国、惟神ぞ、神と人と融け合った真事の姿ぞ」
神の大道とは、かんながらです。
かんながらとは外面的に二で内面的には二の無い状態です。
外面的には分離があり、内面的には宇宙と一体となって
大歓喜になって居ることをかんながらと言います。
外面的に分離があっても内面的に
一切と私になんの異なりもなく
個人としての私が消滅して居てなるように任せきっていて
完全に委ねきって居ることがかんながらです。
風に揺られてふらりふらりと揺れ動く風鈴の様なもの
大空に浮かぶ雲の様なものそれがかんながらです。
これは人の境地の最大の境地で東洋では
マハムドラーとも呼ばれています。
神の大道とはかんながらです。
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今日は神示から随神です。
「教はなくなるぞ、元の道が光り輝くぞ、
これを惟神(かんながら)の道と申 すぞ。」
「惟神(かんながら)の道 とか神道とか
日本の道とか今の臣民申してゐるが、
それが一等の間違ひざぞと申してあろが、
惟神(かんながら)とは神人共に融け合った
姿ざぞ。今の臣民 神無くして居るではないか、
それ で惟神も神道もないぞ、
心大きく、深く、広く持ちて下されよ、
愈々となるまでは落しておくから見 当とれんから、
よくこの神示読んでおいて下されよ。」
「神かかってゐないと見える神カカリが
誠の神カカリと申してあろが。
そこらに御座る神憑り は五段目六段目の神憑りぞ。
神カカリとは惟神(かむながら)の事ぞ、
これが神国の真事(まこ と)の臣民の姿ぞ。
惟神の国、惟神ぞ、神と人と融け合った真事の姿ぞ」
神の大道とは、かんながらです。
かんながらとは外面的に二で内面的には二の無い状態です。
外面的には分離があり、内面的には宇宙と一体となって
大歓喜になって居ることをかんながらと言います。
外面的に分離があっても内面的に
一切と私になんの異なりもなく
個人としての私が消滅して居てなるように任せきっていて
完全に委ねきって居ることがかんながらです。
風に揺られてふらりふらりと揺れ動く風鈴の様なもの
大空に浮かぶ雲の様なものそれがかんながらです。
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││2016/08/13(Sat)07:16:59│
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